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十分に恩恵を受けていることに気づくと、世界の見え方が変わる

「いただきます」をする時に、ふと目の前に並んでいる食材を見て、感じることがあります。

“ こんなにも食の恵みを十分に与えられている ”

たとえば、これらの食材は、私の目の前に来るまでに、とんでもなく長い年月をかけています。

どれほどの人の手を介し、どれほどの動物や植物の命の連鎖があって、ここにあるのかは想像の域を超えています。

なぜなら、土をたった1㎝つくるのに微生物たちが共同作業で約100年かかると言われ、野菜や果物が育つための数か月、船で運ぶ日数、さらにその船を発明し作ってくれた人・・・と、果てしないからです。

そんな途方もない長い年月と、多くの命、多くの人々の手を経て、今ここにやって来てくれたんだと思うと、私はこんなにも十分に与えられているんだという感覚になります。

人類は、必要なときに必要なだけ「食べられない」期間の方が、長いです。

ところが、今は、食べるものは、十分に与えられています。

電気による明かり、ガスによる火、水道による水も、十分に与えられています。

健康を維持するために、医療従事者の方々からのサポートも十分に与えられています。

安心して暮らせるプライベートな空間を、建設業や不動産会社の方々から十分に与えられています。

一歩外へ出ると、太陽の暖かさ、草木を潤す雨、心地よい風の大自然の恵みが与えられています。

色とりどりの花が咲いて、かわいらしい小鳥が飛んで、美しい山並み、真っ青な空、白い雲、緑鮮やかな木々が、「リフレッシュの気分」や「気持ちいい」という喜びの感覚を与えてくれています。

安全に暮らせるように、インフラ、公共の施設、サービスなどが与えられています。

「私は、みんなからこんなにも十分に与えられているんだ」と思えたときに、世界は今までとは別の見え方になりました。

宇宙や自然、みんなから、こんなにも恩恵を受けている。

いつも「十分に与えれているんだ」ということを意識して、十分に恩恵を受けていることに気づくようになると、ますます豊かさを受け取れるようになっていくのではないかと思います。

「あたりまえ」として素通りせずに、「みんなから こんなにも与えてもらっている」を大切にしていきたいと感じています。

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