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足るを知る者は富む―『幸せ』とは何かを手に入れることではない

すでに自分が今「持っているもの」の価値を知ることが幸せへの第一歩です。

今あるもので心を満たす術こそが、幸せでいられる能力であるともいえます。

なぜなら、幸せになるには何か得ることが必要だと感じている限り、どんなにそれを手に入れたとしても、また他の何かが必要だと感じ始めるので、永遠に幸せにたどり着けないのです。

他人と比較することで自分にはないものを知ってしまい、必要以上に欲しがらされているということに意識を向けると、いつも誰かによって目の前にエサをぶらさげられていることに気づきます。

それを無意識に追っているのです。

雨風をしのぐ家があり、あたたかい布団があり、食べるものがあり、清潔な身なりに衛生的な環境で暮らせていることは特別なことだと感謝します。

これらは決してあたりまえではなく、この時代に、この国に、この環境に生きているのは偶然であり、何千年という世界の歴史から見ても実感するように、ほんの一瞬の期間でしかありません。

しかし、私たちは今の生活しか経験していないので、かつて多くの人々が望んだ快適さに辿り着いているはずなのに、あたりまえに感じてしまっています。

そして、そのあたりまえを基準にしてしまい、もっと便利で快適な生活を夢見続けるので、というよりも、すでに誰かが自分よりも便利で快適な生活をしているのを知ってしまうので、それらを自分に足りないものという認識になってしまって欲してしまうのです。

そのサイクルが問題なのは、キリがないからです。

キリがないということは、永遠に満たされない状態が続くということです。

足るを知る者は富む

出典:『老子』

満足することを知っている人は、精神的に豊かで幸せでいられるのです。

A contented mind is a perpetual feast.

満ち足りた心は永遠の祝宴である

永遠の祝宴は、物質的に満たされて得る一瞬の満足ではなく、すでに満たされていることを知って得る永遠に続く精神的な満足です。