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運が「いい」か「悪い」かは、“ 視点の距離 ” で決まる

もし、最近うまくいかないと思ったり、運が悪いように感じたら、ちょっと物事を見る尺度を変えてみます。

  • 「今日」だけで見るのではなく、100年間のスパンで「今日」を見てみる
  • 人類史のスパンで「今日」を見てみる

尺度を変えるだけで、違った世界が見えてきます。

見晴らしのいい、その場所から見れば、幸運も不運もなく、“ 切り取る区間次第 ” であることが分かるからです。

今日の出来事が「不運」に思えるときでも、100年というスパンで見てみたり、人生をあとから振り返ったときには、「教訓」や「ターニングポイント」になることもあります。

Life is a tragedy when seen in close-up, but a comedy in long-shot.

人生はクローズアップで見れば悲劇だが、ロングショットで見れば喜劇だ。

チャールズ・チャップリン

そして、“ 人類史のスパン ” で見れば、2022年に生きていること自体が「運がいい」ように思えます。

たとえば、狩猟採集時代は、衣食住の安定などありません。

徐々に文明は進んでいきますが、動力式の機械や乗り物が発明される前は、牛馬の力を借りたり、人力で行われます。

移動手段は、徒歩や馬車。

また、巨大な建物を造るには、大勢の人が駆り出されて、さらに膨大な年月がかかります。

人々の生活においては、ひと昔前であっても、井戸から水を汲んできたり、薪を割ってごはんやお風呂の準備をしたり、洗濯は洗濯板で手洗いをしたり、他にも裁縫や掃除をしたりと、家事だけで朝から晩まで手一杯です。

不作のときは食べることすらままなりません。

当然、今の時代ではあたりまえの映画やテレビゲーム、遊園地などの娯楽もありません。

もし、当時の人々が、現代の生活を見れば「なんて幸せな生活だろう」と目を丸くして驚くはずです。

電気やガスや水道設備などの安定したインフラや、便利な家電のおかげで、私たちは家事の時間を大幅に減らせています。

また、一歩街へ出れば、コンビニやスーパーがあり、飲食店が立ち並び、食べるものに困らないだけでなく、栄養の面からは食べる必要のないデザートまで豊富です。

車、バス、電車、飛行機なるものが人々を乗せて、人力ではなく、動力で移動しています。

クレーンやショベルカーの活躍で、大規模な建築であっても、それまでより、人手も時間もかからなくなっています。

そう考えると、2022年の今の生活が送れていることは「運がいい」と心から感じます。

一方、足りないものに意識を向けると、途端に「もっと運が良ければ・・・」という判断になってしまいがち。

足りないものに意識を向けているときは、「ある」のが前提となっており、たとえば、家電は「ある」を前提にすると、CMで見たオシャレで高機能の “ もっと” 便利な家電が欲しくなってしまいます。

そして、「食べられること」が前提となると、行列のできているラーメン屋が気になったり、テレビで紹介されていた話題のレストランで食べてみたくなったりと、 “ もっと” 美味しいものが食べたくなります。

“ もっと ” という欲が、手元にある幸せを見えなくしてしまいます。

もっといい車に乗りたい、もっといい腕時計がほしい、もっとオシャレな服を着たい・・・と、キリがありません。

欲にとらわれると、これらを手にしている運のいい人がうらやましいと、近視眼的になってしまいます。

人間は、無意識だと、自分が恵まれていることに意識は向かずに、足りないものに意識が向くようになっています。

運に「いい」も「悪い」もなく、“ 近くから見ているのか、遠くから見ているのか ” の違いで受け取り方がこんなにも変わります。

うまくいかないことが続いたり、運が悪いと感じたら、“ 一歩引いて、見てみる ”。

それでもダメなら、“ さらに、ずーっと後ろに下がって、見てみる ” ということを大切にしたいです。

視野を広く。

どんなに広げても

広げすぎることはない。

『大切なこと』松下幸之助/著
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