一日一日、「あたりまえ」から「有難い」の感覚に戻す時間をつくる

一日が なんとなく始まって なんとなく終わるのを回避するために、一日の「始まり」と「終わり」に感謝の習慣をつくります。

手を合わせて感謝するという行為そのものが、今日という日が始まったという「けじめ」でもあり、今日という一日をやりきったという「締め」の感覚を与えてくれます。

そして、今日も無事に過ごせたという感謝とともに、今の環境が決して「あたりまえ」ではないことに意識を向けることができます。

  • ベッドで眠れること
  • 食べるものに困らないこと
  • 温かいお湯で体を洗えること
  • 電気、ガス、水道を必要なときに使えること
  • 健康でいること
  • 安心できるプライベートな空間があること
  • 太陽の光、土、風などの大自然の恵み

これらは、決して「あたりまえ」のことではなく、先人の方々が文明を築きながら 奮闘して勝ち得てきた自由と平等のおかげであり、努力のたまものです。

そして、エッセンシャルワーカーの方々をはじめ 現代人の生活に欠かせない社会基盤を支えてくださっている方々の相互の働きがあって初めて成り立つ環境です。

たまたま今の便利な時代に生きていられることは、奇跡に近い「有難い」環境です。

人間が、ひとりで生きていこうとすれば、食べ物を歩き回って探したり、川で体を洗ったり、寝床を確保することさえも一苦労です。

人は、どうしても現状に慣れて、「あたりまえ」になってしまいます。

「有難い」という感覚を思い出す時間をつくることで、その都度、これは「あたりまえ」ではないんだ、「たまたまなんだ」「特別なことなんだ」と、心の軸を戻すきっかけとなります。

一年の終わりである大晦日や、一年の始まりである元旦は、特別な区切りとして一年の振り返りをしたり、無病息災に感謝したり、目標を掲げたりします。

同じように、一日の終わりである寝る前や、一日の始まりである朝にも、しっかり意識を向けて感謝することで、一日一日の「区切りをする感覚」をもつことができます。

すると、一日一日を丁寧に過ごせるようになります。

毎日に変化を感じられるようにもなります。

繰り返す日々を、「あたりまえ」から「有難い」の感覚に戻すためにも、毎日の感謝の習慣は大切に感じています。

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