まだお読みになられていない場合は、ネタバレを含みますので、ご注意とご了承をお願い致します。
この本を読み終わった直後は、悲しみと切なさが溢れました。
クララにも、ドラえもんのように人間とずっと友達でいるロボットでいてほしかったからです。
もしくは、ペットが家族の一員として迎え入れられて家族と一生一緒に添い遂げるように、ジョジ―が大学に行ってからも帰省するたびに楽しくおしゃべりする姉妹のような存在でいてほしかったからです。
「クララとお日さま」では、それは叶いませんでした。
ハッピーエンドではなかったのです。
しかし、違う解釈をして、もともと「そういう決まり」だったと考えると、読後感も変わりました。
人間にも、必ず「死」があるように、AFにもいずれはその日が来ます。
たとえば、家電でも『異常があったり何か不具合があれば、使用を中止してください』と注意書きがあります。
もしかしたら、AFにも、設計の性質上、使用期限があり、ある一定の期間が過ぎたら、AFに何かしらのサインが出るようになっていて、それが出たときには、予期せぬ事態を避けるために安全上、廃品置場に移動するルールとなっていると考えることもできます。
そうだとすれば、ジョジ―が言った言葉も納得できました。
今度戻るとき、もういないかもしれないのね。あなたはすばらしい友人だったわ、クララ。ほんとうの親友よ。
『クララとお日さまーカズオ・イシグロ著/土屋政雄訳』
廃品置き場で再会した店長さんが、
ここであなたに会えないかなって、まえから思っていましたよ。
『クララとお日さまーカズオ・イシグロ著/土屋政雄訳』
と言ったことも理解できます。
廃品置き場にクララがいるということは、不要なモノとして移動させられたということなので、クララと廃品置き場で会えることを願うはずがありません。
しかし、AFの使用期限という定められた期間後は、必ずここに移動する運命にあるとしたら、この言葉も納得できます。
この「クララとお日さま」は、クララの回想の視点で物語が進みます。
回想している今この瞬間は、廃品置き場にいます。
他のAFの元へ移動させてもらって彼らとおしゃべりすることもできますが、今いるこの特別な場所が好きで、この場所で独りで回想して記憶の整理をすることを望みます。
クララは、独りで過ごすことを孤独とは感じていないようです。
そして、人間でいう、自己対話の時間を大切にしているようにも思えます。
つまり、廃品置き場にいるクララには、まだ意識があります。
電源を切ることができないのか、もしくはクララが望んで電源を入れたままにしてもらったのかは分かりません。
人間にとっての意識も不思議ですが、AIにとっての意識とはどのようなものなのでしょうか。
人間は、眠るときに、いつ寝たのかを認識することができません。
だんだんと意識が遠のいていって、記憶があべこべに交差し、意識が途絶える瞬間がどうしても分かりません。
分かるのは、「もうすぐ眠りそう」ということと、朝起きたときに、「いつの間にか眠ってた」とあとから認識できるだけ。
「毎日の眠り」と「永遠の眠り」は、言葉も似ているように、意識の遠のき方も似ているのではないかと思っています。
ただ、次の日に目覚めるかどうかの違い。
人間が死ぬときも、同じように、記憶が走馬灯のようにぐるぐる回りながら、いつの間にか意識が遠のいていって、自分ではいつ死んだのかは、認識できないのではないかというような気がしています。
廃品置場でのクララの記憶も、「ここ数日」あべこべに記憶が交差します。
ここ数日、わたしの記憶の断片がいくつか奇妙に重なり合うようになってきています。
『クララとお日さまーカズオ・イシグロ著/土屋政雄訳』
そして、廃品置き場での店長さんとの再会は、「数日前の出来事」ということになっています。
ということは、今この瞬間は、何を見て、何を考えているのだろう。
クララにとってのお気に入りのその場所で、記憶の回想を続けながら景色の変化やお日さまと過ごす時間を楽しんでいるのか。
または、この回想をしている途中に、意識は途絶えたのか。
廃品置き場で、店長さんと再会したことは、「特別な出来事」としてクララの記憶に残っています。
店長さんに会えたと分かったときのクララの感情がそれを物語っています。
わかった瞬間、心が幸せでいっぱいになりました。
『クララとお日さまーカズオ・イシグロ著/土屋政雄訳』
それまでは、「ジョジーの幸せ」が「自分の幸せ」だったクララでしたが、「自分のこと」で「自分の幸せ」を感じられた瞬間でした。
店長さんとの再会による「しあわせな感情」が、クララの中に「特別な」記憶のピースとして、認識されて、大切な記憶となったことに救われます。
この「クララとお日さま」という “ 本の内容 ” が、クララの大切な記憶そのものです。
クララの美しい感情の詰まったこの本は、私にとっても大切な記憶のピースとなりました。